20 今市宿〜21 鉢石宿 栃木県日光市(旧 今市市〜旧 日光市)
今市宿は、日光街道の宿場町であると同時に、藤原・田島を経て会津若松へ至る会津西街道と、鹿沼、栃木、伊勢崎を経て中山道倉賀野宿へ至る日光例幣使街道が合流する場所でもあった。 前者は、現在の国道121号、および東武鬼怒川線・野岩鉄道会津鬼怒川線・会津鉄道会津線沿いに相当する。 また後者は、国道293号など、現在の様々な道路に相当する。 現在では、日光市の中心部に相当する。 日光市は、平成の大合併で、岐阜県高山市・静岡県浜松市に次ぐ全国第3位の面積を持つ市になった。 なお確か、私の出身地である静岡市は4位だったはず。 私は、今市にある報徳二宮神社を訪れた。 江戸末期の農政家である、二宮尊徳が祀られている神社である。 二宮尊徳の墓もここにある。 二宮尊徳については、高校のときに倫理の授業で学習した。 「天道」「人道」「報徳思想」などのキーワードが記憶の片隅にある。 私は直接見たことはないが、かつて多くの小学校に、薪を背負いながら本を読んで歩く姿の二宮尊徳(二宮金治郎)の像があったらしい。 最近は、歩きスマホの社会問題で、逆風を受けているようだが。 少し違うような気がするが、二宮尊徳に交通安全を祈願して、日光街道に戻る。 戻ってすぐ、「今市宿市緑ひろば」という施設があったので、ここで地図をいただいた。 用を済ませて、再出発。いよいよ、日光街道のクライマックスである。ここから日光東照宮まで7kmほど。時間にして30分もかからない。 今市から先の日光街道も、国道119号と杉並木の道が並走している。 本当は杉並木の道を走りたかったのだが、場所によっては石畳で自転車では走りづらかったので、国道を走ることにした。 杉並木の道と国道が合流して少し先に、左手に明治天皇が休まれた場所があった。 明治の行幸の途中で休まれたらしい。甲州街道では何度も見かけたものだ。 JR日光線の高架を過ぎれば、世界遺産日光の入口の駅に着く。 |
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