01 千住宿〜02 草加宿 東京都足立区〜埼玉県草加市
ただしこの出発地が、隅田川の北側の北千住(足立区)なのか南側の南千住(荒川区)なのかは分かっていない。 未だにどちらかを、二つの区が争っている「千住論争」の話を聞いたことがある。 そして日光・奥州街道の宿場の千住宿は、北千住にあった。
現在も北千住は、交通結節点の役割を担う北千住駅がある。 北千住駅は、茨城や福島浜通り経由で宮城の仙台に至る常磐線など、様々な路線が乗り入れている。 国道4号から一本逸れた道が、旧日光・奥州街道。その道に入っていく。
問屋場・本陣などの碑が所々にあったが、お世辞にも目立ってはいなかった。 特に本陣の碑は、完全に電柱の陰に隠れてしまっていた。 左手にあったのだが、思いのほか小さいこともあって見つけるのにかなり苦労した。 宿場町通りの北側では、千住宿のオレンジ色の幟が道の両側にたくさん掲げられていた。 多くの旧宿場町と同様、それを生かした街づくりをしているようだ。
この公園には地元の方々が数人いて、憩いの場になっているようだった。 宿場見学していると、朝御飯が早かったせいでお腹がすいてしまった。まだ日本橋から10kmちょっとしか走ってないのに。 そこで、通りがかりにあった、「かどやの槍かけだんご」という団子屋に立ち寄った。
その「槍掛けの松」から名前を取ったのが、この「槍かけだんご」である。 一串3個の団子がついたみたらし団子を買い、その場で食べる。タレが塩っ辛くもなく甘くもなく、ちょうどよい味だった。
しばらく真っ直ぐの道が続く。この道は交通量が多く、自転車には走りにくかった。 昔ながらの道だと、道幅も広くなくどうしてもそうなってしまうのは仕方ないが。 車に注意しつつ30分ほど走っていると、東京から埼玉に入った。 |
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