41 宮宿〜40 鳴海宿 前半 名古屋市熱田区〜名古屋市緑区
名古屋市の熱田区は言うまでもなく21世紀の今日も栄えているが、江戸時代も宮宿は東海道の五十三の宿場町の中で一番大きかった宿場町である。 なお、現在の名古屋の中心街は、ここから美濃(岐阜県)へ続く美濃路の宿場。 城下町の名古屋宿の辺りで、直接東海道の通り道、というわけではない。 だが、そうなると自然と城下町名古屋は南に広がっていったのはごく当たり前のことだろう。 現在の市街地の状況をみればそれが正しいことが分かる。 雨上がりのかんかん照りで非常に蒸し暑い中、通りがかりにある熱田神宮へ行く。 三種の神器の一つ、草薙剣を祀っている神社だ。 ただ、現在熱田神宮内に草薙剣があるかどうかは明らかにされていない。 自転車を押して進む。境内には、今年で創祀1900年を迎えたことが至る所に書かれている。 すると、どうやら自転車を入れてはいけない所まで行き過ぎてしまったらしく、 近くにいた警備員の人に怒られてしまった。 ただせっかくここまで来たから、邪魔にならない所に置いておけばいいとおっしゃったので、 言われたとおりにする。 参拝客はさすがに真夏の炎天下の中ではそこまで多くなかった。熱田大神に今後の交通安全を祈る。 先ほど連絡を取った友人と待ち合わせの場所へ行く。ここから10?ほど東へ行った、「八事」という交差点が待ち合わせ場所だ。 最後は坂がけっこうきつかったが、なんとか落ち合うことができた。 久しぶりの再会に、思い出話に花を咲かせる。彼も大学で自転車のサークルに入ったらしく、 自転車のことを色々と話した。そして、その友人の好意に甘えて、浜名湖まで行く予定を変更して、 今日は友人の下宿に宿泊させてもらうことになった。まあ、仕方ないよね、雨が降ってたし。 自転車を室内に入れさせてもらった。それから、体力の回復のため昼寝をさせてもらったり、 今日着ていた濡れた衣服を洗濯したりと友人のうちで好き放題させてもらった。 今思うとかなり迷惑をかけた。ごめんなさい。 夕飯は彼と近くの蕎麦屋へ行った。名古屋名物のきしめんと味噌カツを頼んだら、 なんときしめんの上に味噌カツが乗った状態で出てきてかなり驚いた。 まあその店の独特な出し方だったのだろう。味は良かった。 その後はまた互いの話をする。高校時代の話、大学に入ってからの話など、様々な話をした。 今日、浜名湖まで行く予定が手前約100kmで宿泊することになったので、 今後の日程を考えて明日は一気に自分の実家、約200km先の静岡市まで行くことにした。 実は、半年ほど前にも名古屋から静岡へ走ろうとしたことがあったのだが、 道を間違えたり、雨が降ってきたりして、完走することはできなかった。 最後の20kmはヒッチハイクで、ぼろぼろの体でなんとか静岡の実家にたどり着いた (あの時送ってくださったオジサン、この場を借りてお礼を言わせてもらいます、本当にありがとうございました)。 そういう訳で、名古屋から静岡まで走る、というのは半年前のリベンジという意味もあった。 前回、出発は朝6時出発で、到着は日付が変わる直前だった。 いくら今回のほうが温かくて(暑くて?)体が動かしやすいとはいっても、 鳴海宿から府中宿までの22の宿場を一つ一つ見ていくとなると、前回以上に時間がかかる可能性がある。 それを考えて、明日は朝4時出発に決めた。 そうなると、今日は本当に早めに寝なければならない。睡眠不足で臨むと熱中症などになりやすく、 本当に命の危険にさらされかねない。ストレッチをしっかりとやって、午後10時過ぎには床に就いた。 明日は一体どんな冒険が待っているのだろうか……。 |
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