03 神奈川宿〜02 川崎宿 神奈川県横浜市神奈川区〜神奈川県川崎市川崎区
地元の工場の人に道を聞いたりしつつ、なんとか目的の成仏寺に到着する。 入口の隣に、「外国宣教師宿舎跡」という石碑、それから「神奈川宿歴史の道」という解説文もついている。 ヘボンは日本で最初の和英辞典を作ったことを実はここの解説文で知った。 戻って幹線道路を進んでいく。次の宿場町、川崎まであと9km。そして、ゴールの東京まであと28km。 ラストスパートをかけたいが、信号に引っかかってばっかりだ。まあ車道の信号は、車のスピードを考えて赤と青もタイミングを考えているような 感じなので自転車の場合いかんせん仕方ない。 新子安の駅のあたりにはアパート・マンションがたくさん建っていた。 幕末に起こった大名行列に乱入したイギリス人が殺傷される生麦事件が起こった生麦(横浜市鶴見区)も過ぎる。 商業ビルがかなりある鶴見駅の先の川を渡ってそのまま進めば、川崎市に入る。 だがその前に、横浜市の有形文化財の市場一里塚を見ていくことにした。日本橋から5つ目の一里塚である。 川を渡って何本目かの交差点を左に曲がり、民家の壁の間の道を進んでいく。 それから京急本線鶴見市場駅の近くの踏切を渡って旧東海道に出る。 一里塚がどっちにあるか、どれだけの規模のものなのかが分からなかったので、 「迷ったら聞く」の鉄則通り、地元の商店に道を聞きに入る。
「すいませーん」
「この辺に一里塚があると聞いてきたんですけど、どこにありますか?」
せっかく旧東海道に出たのだから、少しの間旧東海道を進んでいくことにした。 |
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