66 武佐宿へ戻る   中山道表紙   64 高宮宿へ進む


65 愛知川宿〜64 高宮宿   滋賀県愛荘町(旧愛知川町)〜滋賀県彦根市

 その愛知川宿の入口の冠木門を通過し、旧宿場町に入る。

 愛知川宿には竹平楼という、江戸時代から今も続く老舗の料理屋が象徴的な建物がある。 街道沿いに堂々とした構えで建っており、白い提灯が2つ入口にくっついていた。 入口の右手には、「明治天皇御聖蹟」という石碑が建っていた。 多分明治になってから、天皇の巡行のときに寄られたのだろう。

 その先の交差点には例の歌川広重の浮世絵のモニュメントがあった。 また、宿場の出口にも入口と同じように、でっかい門があった。

 この先には某有名アニメのモデルになった豊郷(とよさと)小学校がある。

 同年代のアニメファンにとっては聖地巡礼として是非とも訪れるべき場所らしいのだが、 私はそのアニメは見たことがなくタイトルの名前くらいしか聞いたことが無いので、 せっかく目の前の道(旧中山道)を通ったというのに特に記念撮影をすることなく通過してしまった。 一枚くらい写真を撮っておいても良かったのではないかと今となっては後悔している。

 一方中山道を歩かれている人、あるいは街道オタクにとっては(果たしてそんなジャンルはあるのだろうか?)、 この豊郷小学校の近くは、武佐と愛知川の間の宿である石畑(いしばたけ)宿があった場所として知られているのではないか。 一里塚もあり、「一里塚の郷」という立派な碑もセットで付いていた。

 (全くもってどうでもいいことだが、自分はアニメでもなく街道でもない、どっちつかずの人間です。 でも街道自転車旅をしていることだし、どちらかと言えば街道寄りの人間なのかもしれない……)

 謎の川柳(←失礼ですね。おそらく地元の方が作ったやつでしょう)が旧中山道のいたる所にある。 そんな道を走っていった先には、「おいでやす 彦根市」と書かれたモニュメント。 上には江戸時代の旅人の銅像がくっついている。

 松並木が少しだけ残っている道の中、豊郷町から彦根市に入る。 彦根に入ってしまえば、次の高宮の宿場町はもうすぐだ。


66 武佐宿へ戻る   中山道表紙   64 高宮宿へ進む