60 柏原宿〜59 今須宿 滋賀県米原市(旧山東町)〜岐阜県関ケ原町
柏原は名神高速道路の上りの伊吹パーキングエリアからも見える、滋賀県最東端の宿場だ。 百人一首に「かくとだにえやは伊吹のさしも草 さしも知らじな萌ゆる思ひを」とある。 柏原の北にそびえ立つ伊吹山には、ヨモギがたくさん生えている。 そのヨモギの葉っぱの裏の繊毛は、精製するとお灸として使われる艾(もぐさ)というものになる。 ここ柏原宿では、この艾が有名だった。 なお地名の読み方だが、大阪府柏原市は「かしわら」と読み、兵庫県丹波市の旧柏原町は「かいばら」と読む。 近畿圏では特に始めの柏原市が有名だろう。でも、ここ滋賀の柏原は「かしわばら」と読むので注意。 ちなみに3つ全てに、同じ漢字で読みが違う鉄道駅がある。 今でも1km以上にわたって雰囲気が残っている柏原の宿場。 走っていると、「柏原宿歴史館」というものがあった。見ていこうか迷う。 時間があれば迷わず寄るところだ。だがもう時刻は16時半近い。ここで時間を使うと岐阜に着くのが遅くなってしまう。 しかし、後で寄っておけばよかった……と後悔するかもしれない。いや、でも雨もまた降ってきそうだし、どうしようか…… 結局寄ってしまった。受付の人に、300円の入館料を支払って中に入る。 伊吹山と柏原の関係の展示など、施設としてはもちろん見ごたえがある。 時間があまりないのについつい見入ってしまう。30分近くいただろうか。 歴史館を発ち、東へ急ぐ。柏原の宿場を出て、東海道本線の線路を渡る。 その先の石の看板に、「寝物語」という文字が書いてあった。 確かそこが滋賀と岐阜の県境だったはずだが。 その滋賀・岐阜県境にたどり着く。解説文には以下のような内容が書かれていた。 「近江と美濃の国境は細い溝でした。この溝を挟んで両国の番所や旅籠があり、 壁越しに『寝ながら他国の人と話し合えた』ので寝物語の名が生まれたと言われています」 なるほど、少し行ったところに溝があり、近江国と美濃国の国境と書かれている。 ここにもともと家が数軒、寝ながら話ができるほど近くに建っていたというのか。 私は実は、この話を聞いたことがあった。しかし、どこで聞いたかはちっとも思い出せない。 多分小学生低学年の頃だとは思うが、どうしてこの話を知ったのかはさっぱり分からない。 本か、テレビ番組か、それとも誰からか聞いたのか……? ともかく、これで岐阜県に入った。次の宿場、今須宿は間もなくだ。 |
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