33 贄川宿〜32 本山宿 長野県塩尻市
その道の入り口には、押込一里塚という名前の一里塚の跡があった。 江戸から数えて63番目。残り250kmを切ったことになる。 国道を外れた道には全くと言っていいほど街灯がない。 頼りになるのは自転車の前照灯。あとは自分の目だ。 こんな所は夜間には絶対走りたくないが、贄川宿はこちらと案内があったので嫌々ながらもその道を進む。
集落が見えてきた。おそらく贄川の集落だろう。昔の建物はほとんど残っていないようだ。 多分暗かったからだろうが、本陣跡の碑なども確認できなかった。 贄川宿は、京都側から考えると馬籠宿から始まる木曽十一宿の最後の宿場。そして、ここの宿場の北側には関所が置かれていた。 任務としては、女性の通行管理や木材・曲物(綰物)や漆器といった木曽谷の名産品の取り締まりが中心だった。 そして、この贄川関所は復元されているという情報を前もって手に入れていた。 だが場所は知らなかったので、暗闇の中目を凝らして探した。
贄川宿を出発し、この日最後の宿場、本山宿を目指す。実はこの間の記憶はほとんどない。 寒さ・雨・疲れの三重苦で、道路に気を配るだけで精一杯だったのだろう。 あるいは単純に自分の記憶力が悪いだけなのかもしれないが。 覚えているのは、一度歩道の外に落っこちそうになったことだ。あと30cmほど止まるのが遅かったら、1.5mほど下に落ちていただろう。 ヘルメットをしているので命の危険はないだろうが、最悪骨折……となりかねないところだった。あの時は肝を冷やした。 |
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